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いとしのアウグスティンとペスト

 

4月1日より、スーパーマーケットやドラックストアなどでのマスク着用義務の通達がオーストリア政府から発表されたため、マスクに関するニュースが多い一日でした。

一番の目的は、検査を受けていず無症状の感染者が他の人への『感染を防ぐ』ためです。スーパーマーケットの前では無料の使い捨てマスクが配られ始めました。これから徐々に他の場所でも、習慣化されていくかと思います。

ウィルスによる伝染病は、かつても何度がありましたが、ペストが猛威を振るった恐怖の中、楽観的シンボルとして今日も有名なお話があります。『いとしのアウグスティン』という題名の曲をご存知の方が多いと思います。彼はペストが流行していた最中、ペストで亡くなった沢山の遺体の傍で一晩過ごしたにもかかわらず、感染しなかった実在の人物です!

このいきさつを、同僚がロシア語で詳しく書いてFBに掲載していたので、許可を得て日本語に訳しました
(出来るだけ本文に近く訳しましたので、少々、日本語がおかしい所は目をつぶってください)

伝染病、隔離、2名以上の集会禁止-このような状況は過去にもありました。

例えば1679年、ウィーンでペストが流行し、人口の4分の1が亡くなっています(当時の、ウィーンの人口は約4万人)この恐ろしい疫病流行の最中に、ヒーローが出現します。彼の名前は『アウグスティン』、後に名前の前に『愛』が付け加えられます。日本ではいとしのアウグスティンのというタイトルの童謡がありますが、その男性の事です。

彼は実在した人物で、ウィーン市に出生と死亡証明文書が残っています。1645年にウィーンで生まれ、1685年3月11日にウィーンで亡くなりましたが、死因はペストによるものではありません。また、アウグスティンの姓はウィーン市の公文書に “Augustine N.”となっているため分かりません。

彼はペストが流行している最中、バグパイプを演奏してお金を得ていました。ウィーン旧市街地にあるフライシュマルクト近くの居酒屋を演奏していたようです。今日では、フライシュマルクトにあるウィーン最古のレストラン「グリーヒェンバイスル」の壁にオーガスティンの看板が掲げてあり、レストラン入り口の床のくぼみには、ボロボロの服を着た彼の人形があります。

居酒屋で演奏する時は、1、2杯のアルコーが入ったがグラスがミュージシャンにプレゼントされました。彼はそれを拒むことなく飲んでおり、彼が活動する中心部には多くの居酒屋があったため、アウグスティンはいつも酔っていました。

ある多忙の日の後、彼は酔って動けなくなり、そのまま道路で寝落ちしてしまいました。そこにはペストで亡くなった遺体を集めるペストワゴン​​がありました。アウグスティンを発見した人が、死体と勘違いをして、ペストワゴンに積み込み、ペストの遺体を葬る穴へ投げ込みました。

彼はそこでペストで亡くなった遺体の中で眠り、朝、目が覚めた後再び仕事に戻ったというのです。しかも、ペストは感染せず、ご機嫌のままでした。

いとしのアウグスティンは、この恐ろしい時期の中で最も楽観的に生き延びた伝説となり、1908年、ウィーンの7区、聖ウルリッヒ教会の傍にある、かつてペストの墓の場所にアウグスティンに捧げる噴水が建てられました。

アルコール依存症のアウグスティンの像は当初、鉛で構成されていましたが、第二次世界大戦中、像は溶けてしまったため、1952年に砂岩から再建されました。 ちなみに「いとしのアウグスティン、アウグスティン。。。」という歌は、19世紀の終わりまでウィーンに登場しませんでした。

こちらもご参照ください
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ウィーンで最も古いレストランGriechenbeisl グリーヒェンバイスル

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