もくじ
ベートーベンフリースとは?その背景
今年はベートーヴェン生誕250周年ということもあり、ベートーヴェンファンのお客様がコンサートやゆかりの地を訪ねてウィーンにいらっしゃることが予想されます。そこで私のおすすめベートーヴェンスポットを順にご紹介したいと考えています。
一つは分離派会館(ゼセッション)!です。分離派会館の地下にはクリムトの壁画『ベートーベンフリース』が展示されています。クリムトファンなら必ず訪れたい場所の一つですが、ベートーヴェンファンにも見て頂きたい作品です。
ベートーベンフリースとはベートーベンの第九交響曲をワーグナーが解釈をし、クリムトが絵画で表現した横幅34メートル、高さ2メートルあるコの字型に壁3面に描かれた絵巻物の壁画です。その当時、最高峰の作曲家と言われていたベートーヴェンの称賛をテーマにした分離派第14回展示会(1902年4月15日~6月27日開催)の会場にクリムトが制作し、現在は分離派会館に展示されています。
ベートーヴェンが第9交響曲を通じて表現しているものとは異なると思いますが、私は壁画を見るたび、クリムトの「芸術を自由に表現出来る喜び」「芸術こそが自分を救ってくれたのだ!」の思いがひしひしを伝わってくるのですよね。
今回はこのベートーヴェンフリースをご紹介したいと思います。
金色のキャベツのあだ名を持つ「分離派会館」(ゼセッション)
1897年 時代には時代に合った芸術が必要だ!の声を上げ、若き芸術家達は今までのアカデミックな芸術家協会から脱出しグスタフクリムトを中心に芸術家団体「ゼセッション(分離派)」が設立されました。その展示会場として建築家マリアオルブリッヒによって建てられたのが上の写真の建物、建物の名前もゼセッションと付けられました。
正面にはゼセッションのモットー「Der Zeit ihre Kunst, Der Kunst ihre Freiheit」(時代には芸術を、芸術にはその自由を!)と書かれています。この建物はナッシュマルクトの傍にあり、金色に塗られた月桂樹の葉3000枚を球形にして屋根の上に装飾されているため「金色のキャベツ」とも言われています。
個性的な建物ですので遠くから見ても大変目立ちますが、傍から見ても大変個性的!神話のメドューサ、トカゲ、芸術の女神パラス アテネのシンボルフクロウが装飾されています。この地下ホールに「ベートーヴェン フリース」が展示されています。現在でも新しい建築物とは引けを取らない斬新でおしゃれなデザインは当時の人の目には滑稽に映ったようです。
3つの場面で表現されたベートーベンフリース
建物に入り、地下へ降りていくと一番下の奥にベートーヴェンフリースが展示されている部屋があります。部屋は作品を維持するために空調が一定調節されていて、窓も飾りもない殺風景な部屋です。部屋の壁上部にベートーヴェンフリーズが展示されており、絵画の持つ迫力に圧迫感さえ覚えます。左から右に物語が続くように3場面に分かれて表現されて、3平方の壁上部に展示されているため、見上げるように囲まれた絵画を鑑賞していきます。
ベートーヴェンフリースは1902年の展示会のカタログに「弱者が芸術と愛によって救出される」テーマに基づいて描かれたと記載されてますが、解説。。と言いましても、一般的な解釈です。現在も入り口には解説が置いてあります(日本語もあります!)。ですが、カタログを見るだけでは理解しずらいと思いますので、ここではもう少し詳しく説明していきたいと思います。(付け加えますと、ワーグナーの解釈を元にベートーヴェン第九を通じてクリムト自身の内面的な感情を絵画化しているとお考え頂いても宜しいかと思います)
部屋に入った瞬間に目に飛び込んでくるのは衝撃的な巨大ゴリラ(笑)が描かれているような第2場面ですが、ここではストーリー性を持たすためにも左側より説明していきましょう。
「人類の幸福へのあこがれ」と「弱者の苦悩と武装した強者へ弱者からの哀願」
上方の壁と天井のスレスレには、タンポポの綿毛がフワフワと精霊達が幸福を求めて浮遊している様子が描かれています。その精霊達は鎧を着ている騎士に裸の男女が懇願をしている様子にたどり着きます。
騎士の上部にいる2人の女性は「改名心」と「同情心」を擬人化しています。二人の男女(弱者)が剣を持った強者の前で跪いています。弱者の哀願に心を動かされ、改名心と同情心の鎧をまとった騎士がこれから幸福を求める旅に出ようとしている場面です。騎士の鎧は平らではなく金箔を装飾して凹凸立体的に、剣の柄には石がはめ込まれています。
クリムトはその時期の心の在り方や状況を素直に作品に表現していました。しかし19世紀の終わり、芸術家達は古き良き「伝統」に重点を置いていたため、表現の自由を求めた若き芸術家(クリムトを中心として)が分離派を設立するに至っています。この鎧を着た人物はクリムトの画風に批判する人達との戦いに挑むクリムト自身とも言われています。
音楽家のマーラーだとの解釈もあります。マーラーは第14回分離派展示会の初日に楽団員を連れて編曲した第九交響曲の一部を演奏しています。実はマーラーの奥さんアルマ マーラーはクリムトの恋人でした。当時クリムトは35歳でしたが、社交界の華と言われた17歳のアルマに夢中になり、彼女の父親からの反対で終止符が打たれました。
クリムトが生涯の中で一番心を奪われたと女性と言われているアルマは社交界の「ファム・ファタール(男性を壊滅させる魔性の女)(運命の女)」でした。大失恋後から、クリムトの作品は自分の作品に金箔を使用し、官能的な表情を持つ女性を描くことが多くなっています。
人類に敵対する力
左側に描かれているのが人間の幸福に敵対する様々な怪物と魔物です。ゴリラのような怪物の目は真珠貝をはめ込ませており神話に出てくる半身半獣のテュフォーンを表現しています。左にはゴルゴンの三姉妹、その上には「病気、死、狂気」の擬人像が描かれています。テュフォーンは神々の王ゼウスに匹敵するほどの最強の力を持っています。怪物や魔物達が幸福を追い求めている騎士の前に立ちはだかり、神さえも防御することが出来ない「悪」や「具体的な悪の試練」として表現されています。
右のぽっちゃりとしたお腹の出た女性は「不摂生」を表現しています。高貴な身分の女性のようでアクセサリーをたくさん身に着けていて、絵画をじっくり見るとアクセサリーにはビジューをはめ込ませています。その上の妖艶な二人の女性、左側は悪女男性を破滅させる女性ファルファタムです。二人の女性は「不貞、淫欲」を表現しています。なんで妖艶な女性でしょうか。女性が見てもドキッとしますね。妖艶さを表現したらクリムトの右に出るものはいない、富裕層の女性達がクリムトに魅力的な肖像画を描いてもらいたいのは納得です。
右側半分には打ちしがれて悲しんでいる女が描かれています。今までの表現された「悪」とは違い、悪は自分自身の心からも生みだしていると表現しています。
鑑賞する人によりましては、第2場面はベートーヴェンの第九交響曲に一番マッチしていない表現と感じるかもしれません。私は無理に第九のどの部分だろうと当てはめる必要はないと思っています。ある人は第九交響曲のどこかのフレーズが浮かぶかもしれませんね。ここではクリムト自身(または鑑賞している人)が戦っていた苦悩を絵画化しているのです。
強者の剣ではこの悪を倒すことが出来ないのでしょうか?
よく見ますと、ティフオーンの右上から精霊が飛び出してきています。どんなにつらい困難も幸せを求める希望があれば打ち破ることが出来る!自分に言い聞かせてきたのでしょう。
常に女性が複数いたクリムトには14名の婚外子がいたようですが、実際は女性に対してかなりナイーブだったそうです(信ぴょう性に欠けますけど(笑))。また、若くして父や弟エルンスト、妹が亡くなりクリムトは常に死に対して恐怖感がありました。自由に表現するようになってからの彼の作品を見ると美しい女性と生と死がほとんどと言っていいほどテーマになっています。
歓喜の歌
飛び出した精霊たちは再び浮遊していると、竪琴を弾いている女性に出会います。この女性は「詩、歌(ポエム)」を擬人化しています。ポエムこそが悪者を消してくれるものであり「芸術こそが人類を救済する」と表現しています。
途中、大きな空白の場面になっています。当時の展示会場でこの奥にベートーヴェンの像が展示されていたため、視界を邪魔しないように空白にしたようです。休符とも表現されています。
「ポエム」の力によって、「悪」から打ち勝った瞬間に騎士が鎧を抜いて女性と裸で抱き合ってキスをしています。そのうえには太陽と月が普遍的なものを表現し、後ろでは精霊たちが声高らかに合唱をしている様子が描かれています。
裸の女性は真実を表現します。分離派を設立したおかげで心の中にある真実を作品で表現出来る喜び。ベートーヴェンの第九交響曲を通じ彫刻、絵画、音楽、建築の芸術が一つとなって表現された分離派の意図、そして「芸術」と「真実の愛」は幸福へと導く!ベートーヴェンフリースはクリムトの苦悩を救った寓意画でもあったわけです。
ベートヴェンとクリムト
分離派のメンバーがなぜ、ベートーヴェンをこんなにも尊敬していたのでしょうか。耳が聞こえなくなって絶望的になったベートーヴェンが書いた遺書の中に「何度も死のうと思ったけど、音楽の女神ミューズが僕を死から救ってくれた。私はこれから耳が聞こえないという事実を享受して作曲家として生きていく!」と書かれている箇所があります。
ベートヴェンも耳が聞こえなくなった苦悩を音楽によって救済された芸術家です。作曲法もそれまでの古典的なスタイルから、ロマン派の新スタイルへのかけ渡しをしました。第九交響曲では第4楽章に合唱を取り入れ、交響曲の意味を詩で表現し、感じている内面を曲の中に取り込んでいます。分離派の人達の先駆者とも言えますね。
この物語を頭に浮かべながら鑑賞すると、ベートーヴェンフリースの背景にはクリムト自身が遭遇した苦悩や困難を芸術によって乗り越えた喜びが表現されている事が分かります。
ウィーン大学の天井画「医学」「法学」「哲学」の注文をウィーン政府から依頼された時、彼は自分が感じるもの、妊婦の裸や骸骨などを取り入れました。その表現は大学の天井画には相応しくないので書き直すように命じられますが、要望には頑として応じませんでした。クリムトにとってもっとも相応しいと思った内面的な表現だったからです。この件が激しい論争を巻き起こし、クリムトは受け取った報酬金を国へ戻し、契約を破棄しました。以降、国からの仕事依頼が来なくなります。
論争後は安定した収入はなくなりますが、クリムトはお金持ちのご婦人達の肖像画の注文を取っていきます。クリムトは商才もあったようですね。内面の感じる事を素直に自由に官能的な女性を次々と制作していきます。魅惑的に描かれた作品に満足した依頼主の女性達はクリムトに惹かれ恋人関係に発展していきます。
気難しいと言われているベートーヴェンも結婚はしていませんが、女性からはモテたようで恋人は何人もいました。ベートーヴェンの彼女達は殆ど貴族の出身の教え子だったようで、恋人達に捧げた作品も多々残っています。クリムトと同様、芸術家にしては商才があったようです。
エリーゼのためにはウィーンで知り合った22才年下のテレーゼ・フォン・マルファッティに贈られた曲です。求婚しますが、身分違いのために大失恋で終わります。情熱的な想いを必死に抑えながらも、真剣で切ない心の思いを曲で表現していますね。
クリムトはベートーヴェンのように、言葉に出来ない偽りのない心の思い、内面性を絵画作品で(告白)表現していきました。二人とも芸術を通して本音が言う事が出来たようです。一点だけ大きく違うのは、論争を呼び起こすような反感はベートーヴェンの作品にはなかった事でしょう。
ベートーヴェンがベートーヴェンフリースを今観たらどう感じるか、私は作品をお客様に説明しながらいつも一緒に意見交換をしています。
※ベートーヴェンフリーズは展示会終了後、一度きりの展示で破棄される予定でしたが、芸術コレクターによって購入され、8つに切り分けて保管されていました。1938年にはナチによって没収され長年行方不明でしたが、1976年にオーストリアが買い上げて10年の歳月をかけて修復しました。1986年より分離派会館の地下にベートーヴェンフリーズのための部屋を設けて一般公開されています。
ウィーンにいらした際には、ベートーヴェンの第九交響曲のように、内面の叫びを絵画化したクリムトのベートーヴェンフリースを是非鑑賞して下さいね!
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